乾燥したスパゲティを両端を持って割ると2つでなく、3つ以上の破片に割れてしまうという物理現象がある。この現象の物理機構に関しては一流の物理学会誌で発表され、それは2006年のイグノーベル物理学賞を受賞した[1]。この現象はキッチンにあるスパゲティを自分で折ってみると、その正しさがすぐ確認できるという意味で面白い。今回はその物理機構について詳しく説明しよう。

スパゲティと棒高跳びの棒の破壊挙動 
まず、Movie 1にスパゲティが折れる様子をハイスピードカメラを用いて調べた動画を紹介しよう[2]。この動画では、なんと(最終的に)毎秒250,000フレームでスパゲティが折れる様子を観察し、詳しくその挙動を調べている。この動画によると、1回目の破壊から2回目の破壊が起きるまでの時間間隔はミリ秒以下という非常に短い時間である事が確認できる。


Movie 1 ハイスピードカメラで調べたスパゲティの破壊挙動[2]

次に、興味深い事実として、棒高跳びで用いる棒も、スパゲティと同様に3つの破片に折れてしまう。例えば、Movie 2は2012年ロンドンオリンピックでの棒高跳び競技の様子である[3]。競技中に棒が折れてしまうのだが、ゆっくり見ると3つの破片に割れている事を確認できる。

Movie 2 ロンドンオリンピックにおける棒高跳び競技中の様子[3]

同様に、Movie 3はアメリカの高校での棒高跳びの競技中の様子だが、同様に3つの破片に割れている[4]。

Movie 3 アメリカでの高校生の棒高跳び競技中の様子[4]

このように、スパゲティだけでなく棒高跳びの棒など、つまり良くしなる棒状であれば、大きさに依らず、折った時に3つ以上の破片に分裂してしまうのである。

物理機構の基本的な仮定
以降、この現象の物理機構に関して理論的に説明していこう。それを説明した2005年の論文[1]では、棒の変形及び破壊に対して以下の仮定を置き、議論がなされた。
  1. スパゲティは十分均一な弾性体の棒と仮定でき、その変形は微小変形の弾性体理論に従う。
  2. スパゲティを曲げていくと、どこかで最初に破壊が生じるが、その一度目の破壊の詳細(破壊点の場所やそれまでに必要な曲げの大きさ)については議論しない。特に、一度目の破壊が起きると二度目以降の破壊が起こりやすい、という事を議論する。
  3. 二度目以降の破壊は、スパゲティの局所的な曲率がある臨界値より超えたとき、その位置で起こる。
これらは説得力のある自然な仮定と言えるだろう。

Euler-Bernoulli方程式と基本的な特徴
破壊を議論する前に、弾性棒の運動の基本的な特徴を復習する。 まずスパゲティは半径$r$で長さ$L$の弾性棒として記述出来るとしよう。いま、$s$をスパゲティの弧長に沿った座標変数とすると、特に$0 \leq s \leq L$を満たす。

このとき、$\kappa(s,t)$を位置$s$, 時間$t$でのスパゲティの曲率とすると、$\kappa$の挙動を支配するEuler-Bernoulli(オイラー=ベルヌーイ)方程式は、
\begin{equation} L^4 \frac{\partial^4 \kappa(s,t)}{\partial s^4}+T^2 \frac{\partial^2 \kappa(s,t)}{\partial t^2} =0 \tag{1} \end{equation}
と与えられる。 ここで、時間の次元を持つパラメータ$T$は、$c$を弾性体中の音速として、
\begin{equation} T=\frac{2L^2}{rc}, \ c= \sqrt{\frac{E}{\rho}} \end{equation}
と表せる事が知られている。

ここで、後の議論の理解を助けるために、棒の固有振動の周期を評価しておく。 いま、棒の片方が自由端でもう片方が固定端境界条件における第一固有振動モードの周期は$T_{\text{f-c}}=1.79T$となる事が知られている。$T_{\text{f-c}}$に対して、イタリアのスパゲティブランドBarillaのNo.5スパゲティに対するパラメータ、$L=24\text{cm}$, $r=0.84\text{mm}$, $c=1.8\times 10^3 \text{m/s}$を代入すると、$T_{\text{f-c}}=140 \text{ms}$となる。参考のために、この振動の様子をFig.1に示した。
1st_mode_vib
Fig.1 Barilla No.5のスパゲティの固有振動。棒の左端が固定端、右端が自由端境界条件の場合。

半無限に長い棒に対する解析解
Fig.1から弾性棒の振動周期は$100 \text{ms}$程度であり、Movie1で観察された$1 \text{ms}$オーダーの破壊の時定数と大きく異なる。従って、本現象を説明するためには別の何らかの物理機構が必要となる。

いま一度目の破壊が起こった直後を考えよう。特に、$t=0$で$s=L_1$の位置で破壊が起こったとし、その後の$0\leq s \leq L_1$の領域の棒の変形挙動を考える。この時、$t \geq 0$でEuler-Bernoulli方程式(1)を解くためには、$s=L_1$の位置の曲率$\kappa$は$t=0$の瞬間に自由端境界条件に変化したものとして取り扱わなければならない事に注意しよう。実は、この急激な境界条件の変化が二度目以降の破壊を引き起こす本質となっている。

この境界条件の変化の重要性は、以下の解析解から良く理解できる。実は式(1)は、半無限、つまり$x\geq 0$の領域に無限の長さを持つ弾性棒に関しては解析解を持つ。いま$t<0$では$x\geq 0$の全領域で曲率$\kappa$は定数値$\kappa_0$を持っており、$x=0$が$t=0$で自由端境界条件に変化した場合を考える。この時、$\kappa$の解析解は\begin{equation} \kappa(s,t) = 2 \kappa_0 S \Big( \frac{1}{\sqrt{2\pi}} \frac{s/L}{\sqrt{t/T}} \Big) \end{equation}と与えられる。ここで$S(x)$はFresnelサイン積分であり、$S(x):= \int_0^x \sin(\frac{\pi}{2} y^2)dy$と定義される。

この様子を図示したものがFig.2である(後の議論との比較のために$s=18 \text{cm}$で破壊が起こり、$0 \leq s \leq 18\text{cm}$の領域を考えた場合をプロットした)。 驚くべき事は、$t=0$でスパゲティの曲率は全領域で$\kappa/\kappa_0=1$であったのに、$t>0$で$\kappa >\kappa_0$の振幅を持つ波が生じる事である。
SelfSim_curvature
Fig.2 半無限に長い棒の曲率の時間発展($s=18 \text{cm}$で破壊が起こり、$0 \leq s \leq 18\text{cm}$の領域を考えた場合)。

実際にFig.2の結果をスパゲティの変形挙動に直すとFig.3のようになる。いま、$t=0$で$L=18\text{cm}$で破壊が起こったと仮定している。実際、局所的な曲率が破壊前の曲率を超えるため、右側の端点が$t>0$で$y<0$となることが確認できる。つまり、折れた直後のスパゲティは、局所的に折れる直前よりも大きくしなるのである。 よって、スパゲティの破壊強度が曲率で支配されていれば、一度目よりも大きい曲率に晒されるため、二度目の破壊が起こりやすいはずでらう。
SelfSim_shape
Fig.3 Fig.2に対応する曲率を持つスパゲティの変形挙動。$t=0$で右端を固定端境界条件から自由端境界条件に変えた。色は局所的な曲率で、赤ほど曲率が大きい。

スパゲティの破壊シミュレーション 
最後に、Euler-Bernoulli方程式(1)を数値積分した結果を示そう。Fig. 4は左端を固定端、$t=0$で$L=18 \text{cm}$を自由端に変えた場合の曲率の時間変化である。この挙動から、初期に$s<0$の方向に進む波だけではなく、反射波が生じるため曲率が局所的により増幅されることも分かる。
Spaghetti_curvature
Fig. 4 $s=18\text{cm}$の位置で折れたスパゲティに対する曲率の時間発展。

この解をスパゲティの破壊挙動に直したのがFig. 5である。特に、$t=0$で一度目の破壊が起こり、$t>0$で局所的な曲率$\kappa$が初期の1.75倍を超えた場合に破壊が起こると仮定した。このとき、$t=0.44 \text{ms}$という非常に短時間経過した後に二度目の破壊が起こる事が分かる。
SelfSim_shape
Fig. 5 スパゲティの破壊挙動。$t<0 $で全体を一律に曲げていき、$t=0$で$s=18\text{cm}$の位置で破壊が起きたと仮定し、その後の時間発展を調べた結果。

まとめ
一度目に折れた後に$1\text{ms}$程度という非常に短時間で二度目の破壊が起こるのは、折れた直後のスパゲティが、局所的に折れる直前よりも大きくしなり、それが破壊を引き起こすためである。今回、説明を省いたが、当然二度目が折れた後に更に局所的に大きくしなる点が生じるため、更に三度目以降の破壊がカスケード的に起きる可能性がある。

また、このような3つ以上の破片が生じるために棒が持つべき条件として、
  1. 棒は弾性体的に振る舞い、曲げてもすぐ壊れないこと。特に、破壊前に大きくしなること。
  2. 棒は長さ方向に対して十分に均一であること。
  3. 脆性破壊(brittle)的に壊れる材料で構成されていること。
を挙げられるだろう。

Appendix:数値解における境界条件について
Fig.4及びFig.5を計算する際に$x=0$で課す固定端境界条件は文献[1]の条件を用いたが、本来はこの条件は正しくない。正しくは、弾性体理論の教科書にあるように変位そのものに着目し、長さ一定の条件を課した上で、自由端・固定端境界条件をそれぞれ考慮して解く事が必要である。だが、これを考慮しても本現象の特徴は定性的には変わらないため、この影響の考慮は避けた。そもそも微小変形理論での記述には限界があるため、更に進んだ考察は有限要素法シミュレーションなどを用いる事が必要である。

参考文献
[1] B. Audoly and S. Neukirch, Phys. Rev. Lett. 95, 095505 (2005).
[2] Youtube: Secret of Snapping Spaghetti in SLOW MOTION - Smarter Every Day 127
[3] Youtube: Lazaro Borges (CUB) Snaps Pole - Pole Vault - London 2012 Olympics
[4] Youtube: High school pole vaulter's pole snaps mid-vault