円周率は、円の周長の直径に対する比率として定義される数学定数であり、$\pi=3.1415926535 \cdots$と循環することなく永遠に続く無理数である。このように円周率は単純に定義されるが、円とは一見関係ない問題で出てくる事が多いため、興味深く、また数学上最も重要な定数だと言える。例えば、円周率と自然数との関係として、ライプニッツの式
\begin{equation} \frac{\pi}{4}= 1- \frac{1}{3}+\frac{1}{5} -\frac{1}{7}+\frac{1}{9}- \cdots \end{equation} やオイラーが解いたバーゼル問題の解 \begin{equation} \frac{\pi^2}{6}= 1+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{3^2} +\frac{1}{4^2}+\frac{1}{5^2}+ \cdots \end{equation} が知られている。これらは、円周率と自然数の間の深淵な関係を示す驚くべき関係式である。

以降、身の回りの実験を用いて円周率を評価する6つの方法を紹介しよう。最初の3つは数学的な方法、次の3つは物理実験的な方法である。以降の円周率の計算法は、手間がかかったり、特に物理実験による方法は純粋な理論式に現れるだけで、現実では実現できない実験だったりする。そもそも、円周率は2019年現在コンピュータを用いて31兆桁計算されており、この方法を使う必要は全くない。だが、以降で説明する非自明な方法で円周率が求まるのは理論的には面白いと思う。


1. ダーツをする
とても大きな紙を持ってきて、そこに何度もダーツをし、ダーツの先端があたった点を全て記録する。十分な点が記録された後、Fig. 1のように紙の一部に円を書き、その円を内接する正方形を描く。 そして、正方形内にある点の数$N$と円内にある点の数$M$を数える。 もし、ダーツがあたった点の位置が十分ランダムであれば$N$と$M$は正方形と円の面積に比例するはずであるから、円周率は  \begin{equation} \pi= \frac{4M}{N} \end{equation} として評価できる。これは数値計算におけるモンテカルロ法の練習問題として使われる有名な方法である。
pi_from_MonteCarlo
Fig.1 赤い正方形内の点の数$M$と青円の中の点の数$M$を数えることで円周率を評価する。


2. コインを投げる
表と裏が出る確率が同一のコインを$m$回投げて、表が出た回数$k$を記録する。 この作業を$n$回繰り返して、表が出た回数$k$の確率分布$P(X=k)$を求める。 ここで、$m$が十分大きければ、確率分布(二項分布)$P(X=k)$は正規分布 \begin{equation} P(X=k) \simeq \sqrt{\frac{2}{\pi m}} \exp \left[ -\frac{(k-m/2)^2}{m/2}\right] \end{equation} として近似できる事を思い出そう。 よって、実験的に求めた確率分布$P(X=k)$に対して、$\pi$をフィッティングパラメータとして上式をフィットすることで円周率を求める事ができる。 つまり、この手法は、中心極限定理とガウス積分に円周率が現れるという2つの数学的事実を使っている。

以下は、実際にこの手法で円周率を評価した結果である。Fig. 2の黄色の確率分布は$m=32$, $n=10^5$として乱数を生成する事で得た結果である。そして、青線はこの確率分布を上記のガウス関数を用いてフィッティングした結果である。今回の場合、$\pi \simeq 3.159$という値が得られた。
pi_from_cointoss
Fig.2 コイン投げから求められた確率分布(黄色)と正規分布によるフィッテイング結果(青線)


3. 床に針を投げる
長さ$L$の針を用意し、また床に間隔$L$で多数の平行線を引く。その床に針を投げ続け、針が平行線と交わる確率$p$を評価する。実は$p=2/\pi$と表される事が知られている。よって、\begin{equation} \pi = \frac{2}{p} \end{equation} から円周率を評価できる。 この関係式はビュフォンの針として知られる非常に有名な問題から導かれる結果である。ビュフォンの針についてはwikipediaやwebにて詳しい解説を確認できる。

ちなみに、あまり知られていない事実のようだが、この実験は針を使う必要はなく、代わりにリングや多角形などを使っても良い。具体的には、平行線の間隔を$d$とし、リングや多角形の周長を$l$とすると、リングや多角形が平行線と交わる回数の期待値は \begin{equation} E= \frac{2l}{\pi d} \end{equation} となることが知られており、この事実を用いれば良い。 (この拡張はビュフォンの麺と呼ばれるようだ。また、この式の導出はwikipediaや文献[1]を見ると良い)


4. 振り子の周期を測る
長さ$L$の振り子を重力場中で振動させ、その周期$T$を測る。 振り子の振動角が十分小さく、空気抵抗などの摩擦が存在しなければ、周期$T$は \begin{equation} T=2\pi\sqrt{\frac{L}{g}} \end{equation} と表せる事が力学の簡単な議論から導かれる。 ここで$g$は重力加速度である。 よって、円周率$\pi$を \begin{equation} \pi=\frac{T}{2} \sqrt{\frac{g}{L}} \end{equation} として評価できる。 しかし、上で太字で記入した仮定に加え、重力加速度$g \simeq 9.8 \text{m}/\text{s}^2$は場所に大きく依存し、せいぜい2桁程度の有効数字しか持たない。 そのため、実際にはこれから円周率を高精度で評価するのは難しい。 上記と同様の議論は、バネの単振動過程に対しても展開できる。


5. 座屈が起こる荷重を評価する
弾性体で出来た柱を上下から圧縮すると、最初は単に柱が縮むだけ、すなわち圧縮モードでの変形が起こる。だが、荷重がある臨界荷重$T_{\text{cri}}$を超えると、変形が圧縮モードから曲げ変形モードに転移する。これを座屈と呼ぶ(Fig. 3を参照)。座屈が起こる理由は、柱に十分大きな応力がかかると、圧縮変形に必要な弾性エネルギーより曲げ変形に必要な弾性エネルギーの方が小さくなるからである。

Fig.3 弾性体で出来た柱を上下から圧縮すると、ある臨界荷重$T_{\text{cri}}$で座屈が起こる(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/3/37/Buckling.gifより引用)。

この臨界荷重は、 \begin{equation} T_{\text{cri}}=\frac{4\pi^2 EI}{L^2} \end{equation} となる(両端が固定端の場合)。ここで$E$はYoung率、$L$は柱の長さ、$I$は断面2次モーメントである。したがって、臨界荷重から円周率を計算できる。…と言っても、この式はYoung率が荷重に依存しない事や、完全弾性体であることを仮定しており、実用上有効だとは言えないだろう。


6. 弾性衝突の回数を数える
これは私が最近知って最も驚いた円周率の評価法である。 下記のyoutubeサムネのように壁・軽い物体・重い物体を左から順に並べ、壁と軽い物体が静止した状態で、重い物体を左からぶつける。ここで、物体と床の間の摩擦はなく、2つの物体間及び物体と壁間は完全弾性衝突を起こすと仮定しよう。このとき、2つの物体間と物体・壁の間の衝突回数を数えると円周率が現れる事が示される!上記の太字の過程があるため、これは現実では実現できず、数値計算を使用せざるを得ないが、非常に非自明な方法で円周率を求める方法だと言える。

これについては、非常にわかりやすい解説動画がyoutubeにあるので参考になる。以下に示した動画[2]が問題の説明である。また、その次の動画[3]が何故この問題が円周率に関連するのかが解説されている。




参考文献
[1] M. アイグナー・G. M. ツィグラー 著, 蟹江 幸博 訳, 天書の証明, 丸善出版 (2012).
[2] 3Blue1Brown, The most unexpected answer to a counting puzzle.f
[3] 3Blue1Brown, So why do colliding blocks compute pi?